青島赛普希国際貿易有限公司

   Qingdao Sepsi International Trade Co., Ltd.

セプシー技術サポーター・橋川文弘氏へのインタビュー

桥川文弘Hashikawa Fumihiro

1970~2004 フランソア(日本)                       管理職

2004~2005 フランソア(中国)                      技術指導

2005~2014 理研農産化工(日本)          技術指導

2014~今   青岛セプシー国際有限公司などの中国企業  技術指導

Q
A
&

回のインタビューを協力を頂き、誠にありごとございます。

いきなりですが、先生はいつからベーカリー関係の仕事を始めたのでしょうか?それから何故かこの業界を選びましたのか?


橋川先生:

特にパンが好きだった訳でも有りません、実家が農家で実家の農業を手伝いながらサラリーマンをするこれが一番の理由です(育ててくれた親を早く助けたかった)今考ええみるとパンやお菓子の様な甘い物を食べるのが大好きでしたからこの職を選んだ事も事実でしょう。

高校卒業と同時に地元のベーカリーに就職しました(知人の紹介です)地元(長崎)では一番大きなベーカリーです、若いころはパン工場で仕事をし休日はもっぱら家業の農作業を手伝ってました。

中学時代はスポーツに明け暮れ、あまり勉強もしませんでした、高校に入って余にも成績が悪くこれではいけないと一生懸命勉強しました、お蔭で高校卒業時にはかなり成績も上がりました、理数系が得意でした、パンの化学に興味が湧いたのもこの事からも言える事かも知れません。                                                  

実家はさほど貧乏では有りませんでしたが、戦後日本は余豊かでなく、早く働き親に楽をさせたいと言う気持ちも有り大学へは行きませんでした(勉強は余好きでは無かった事も有ります)。    


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※长崎和平祈祷像(平和祈念像=へいわきねんぞう)


Q
A
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過去は主にどんな仕事を担当しましたか

橋川先生:                

べカリーに就職し、従業員数、数百名の会社で色々な部門が有り、営業部、経理部などの事務部門、製造部、私が入社したころは技術系の部署も無かったので一番出世出来そうな製造部を選びました。                                                  

入社から5年間は下積みを経験しました、管理職候補社員で入社しましたが、各部所一年間づつ研修の様なかたちで一通り現場を一巡しその後管理職、ライン長(係長)に成りました。 給料が入社時の何倍に成りましたかね、凄く嬉しかったのを覚えてます、日本の高度成長期の真っただ中です、パンは作れば売れると言う時代です。                                                

研修は辛い事が多かったですが(夜勤もしました)一度にパン生地小麦粉200kgも捏ねるミキサーも担当しました、一時間の何千個も焼くオーブンも担当しました。その研修を通じてパン造りに凄く興味が湧いて来ました、毎日少しづつパンの出来栄えが違うのです、先輩や上司に色んな質問をしたり教えを乞う事が多かったです、これが私の工場での管理職としての仕事に大きく影響しました。    

その熱心さを認めて貰い日本のパン技術の最高峰である日本パン技術研究所(JIB)へ4か月間の研修(勉強)に行かせてもらいました〈アメリカはAIB)と言うのが有ります。                                              

JIB(パン学校とも言います)そこでは、製パン原料、設備、製パン法、製パン理論を幅広く学びました、それでもパンの基礎知識にしか他なりません、しかしその後の私のパン造り人生に大いに役立ちました。                                                  

現在では大手ベーカリーは余り社員を派遣して無いものと思います、大手ベーカリーでは自社の研究室、試験室が充実しており、自社での社員教育を出来ると思われます(実際やってもいます)中国でも何社か見かけました。  


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 ※ 日本面包技术研究所(日本パン技術研究所)


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A
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仕事に対して真面目で、一生懸命やる姿はいつも周りの人たちを励んでいます。過去の経歴で何か性格に影響できるようなことがありましたか?


橋川先生:

食パンの開発を担当する事が一番多かった様に思います。                                            

退社して10年以上に成りますが私の開発商品が数品売れ筋商品として残ってます(幾分改良はされているとは思いますが)スーパーマーケットの販売商品です。そのベーカリーの基本方針がナチュレルと言う事を商品政策に早くして取り入れて来ました(会社の基本方針)、今の私の基本的考えの影響は今でもこの事が残っています。                                                                                  


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※製粉工場指導する風景

ベーカリーを退職後製粉会社からのお誘いがあり、私も製粉会社のパン技師の仕事はやってみたいと思ってたので即入社を決意しました。                                          製粉会社でも研究開発部に所属しました、主に新麦のテストや出来上がった小麦粉の二次加工テスト、ベーカリーへの技術サービスを担当しました。                         8年間の製粉会社では特定ののベーカリーに所属している訳では無いので色んなパンの勉強や小麦粉の勉強をさせて頂ける時間と経費を頂く事が出来、現在の中国での仕事に大変役立っています。

 

Q
A
&

経験がかなり豊富な技術者として、何故か中國に来たのでしょうか?そして外国人との共同作業は思った以上に難しいですか?


橋川先生:

中国で働いたのは日本企業(ベーカリー)からの出向でした、それで中国に凄く興味が湧きました、日本の文化の基は大陸(主に中国)から伝来した物が多く同じ漢字を使う国として親しみも感じました。                                    

最初の2年間は前述した様に平度の製粉会社&ベーカリーで仕事をしました、契約切れた所でリュー社長から誘われました、他に仕事もなかったし中国で仕事を続けたいと言う意思から仕事をお受けしました。                                              

リュー社長は平度の会社でも一緒に仕事をしていた人でした、又最初に平度の会社に日本人を呼ぶ提案をした人だと認識しています、そういう意味では中国の恩人の一人です、そういう人から誘われれば断る理由は何も有りません。              

リュー社長には前の会社で一緒に仕事してみて(ほんの一時期ですが)興味も有りました、バイタリティー、行動力があり、人脈も幅広くそれにまだとても経営者としては若いです(日本の会社に比べると)何か大物に成る力が有るかも知れないと思い、何か私にも力に成れる事は有ると思い決断しました、それに日本式の小麦粉を作りたいと言う彼の理想は私の中国で仕事をする目的の一つですからやろうと思わないはずが無いです。


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Q
A
&

最初から何故セプシーを選びましたか?そしてこの数年の協力を経て何か共有できる思いがありませんか?


橋川先生:

中国で働いたのは日本企業(ベーカリー)からの出向でした、それで中国に凄く興味が湧きました、日本の文化の基は大陸(主に中国)から伝来した物が多く同じ漢字を使う国として親しみも感じました。                                    

最初の2年間は前述した様に平度の製粉会社&ベーカリーで仕事をしました、契約切れた所でリュー社長から誘われました、他に仕事もなかったし中国で仕事を続けたいと言う意思から仕事をお受けしました。                                              

リュー社長は平度の会社でも一緒に仕事をしていた人でした、又最初に平度の会社に日本人を呼ぶ提案をした人だと認識しています、そういう意味では中国の恩人の一人です、そういう人から誘われれば断る理由は何も有りません。              

リュー社長には前の会社で一緒に仕事してみて(ほんの一時期ですが)興味も有りました、バイタリティー、行動力があり、人脈も幅広くそれにまだとても経営者としては若いです(日本の会社に比べると)何か大物に成る力が有るかも知れないと思い、何か私にも力に成れる事は有ると思い決断しました、それに日本式の小麦粉を作りたいと言う彼の理想は私の中国で仕事をする目的の一つですからやろうと思わないはずが無いです。

Q
A
&

長年の経験を経て、中国のベーカリー業界はどう思いますか?


橋川先生:  

私がパン業界に入ったころはパンは作れば売れると言う時代でした、それから時代は急速に変化しました、その時代はすぐ終わりました、市場の形態も大きく変わりました、中国も同じような道を歩んでいる様に思います。                                                  

その時代パン業界は軍遊郭居、中小のベーカリーがひしめき合っていました、そのベーカリーが厳しい競争に負け今では日本で数十社しか生き残って居ません、中国も近い将来こういう時代が来るかも知れません、中国は国土が広く、人口も多いです、日本ほど競争は激化しないとは思いますが、お客様に支持されない、必要とされないベーカリーは衰退する事は間違いありません、言うまでもなく経済の発展と共に国民生活は豊かに成り、それと共にお客様の評価や意見は厳しく成ります。

日本と中国では食文化の違いは大きい物の市場の流れは同じように私は見ています、日本では私がこの業界に入った頃は個人商店主体の販売でした、それが今ではスーパー、コンビニ主体の大型量販店主体と成っています、美味しくて安全で安心、より売れる商品を販売店が要求します、焼き立てパンの個人店はより差別化、個性が求められてきます。


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中国ベーカリーの社長さんは先見の明が有って優秀な方が多いと感じます(お会いしてお話をお聞きしそう感じます)。                                                  

実際に現場を運営している工場長以下管理職の皆さんは少し勉強不足を感じます、確かにパン造りは上手です、将来の会社の発展と変化、革新の為にも原材料知識他色んな勉強が必要と感じます、例えば原材料メーカーや商社から言われるままの原材料を買うのではなく良い物、用途に適した原材料を購入するための知識も必要に成ります。                                              

焼き立てベーカリーさんンでは安全、安心、天然とか見かける事が多いですが、実際は形だけが多く感じます、ベーカリーが出来る事は沢山有るはずです、もう少し考えましょう。        



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技術指導する際、お決まりはありませんか? 


橋川先生:

技術部では商品開発のブランド責任者を務める事が多く、その中の業務として工場の商品の品質安定も一つの大きなテーマでした、数値化出来るものは出来るだけ数値で表すことをやって来ました                                                

食パンの食感を良くするため、内相も徹底して追及しました、その為白度計を購入し内相の白さも追及して来ました、日本人は白いものが好きですね、又焼き色の標準化のため色差計も導入しました。 商品開発で一番驚いたのはセブンイレブンの商品開発です、私は直接開発は担当する事は有りませんでしたが(セブンの窓口を担当しました)やはりデータ重視の開発で、思い付きの商品開発は認めてくれません、コンセプト重視です、きちんとした仮説が無いと納得して貰えませんでした。            

商品開発で一番苦労したのは商品開発が基本的には楽しかったです、自分のイメージが商品に成り販売される、楽しい事です、しかし自分の商品を超える商品をずっと作り続けなければ成りません、何度も自分の壁にぶつかります、その壁、自分らしさの商品を打ち破る事が一番難しい事です(奥が深いです)


Q
A
&

仕事以外にどうやって過ごします?


橋川先生:

基本的には退屈してます、何日間かの出張の後は骨休めでゴロゴロ合間に洗濯ですか。                                              

通訳さんに教わったパソコンで日本のTVを見たり音楽を聞いたりして暇つぶし&リラックスタイムです、それからスマホの活用も少しづつ慣れて来ています。             李村に居る時は李村公園を散歩&ウオーキング、健康と体力維持を兼ねて、日本に居る時は家庭菜園とか山とか庭の手入れも有るしゴルフもして健康管理してます。


Q
A
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中國での生活は結構長くなりますが、この国特に青島に対してどんな思いがありますか?


橋川先生:

中国4千年の歴史とか言いますが、それは実感します、なにせスケールが大きい、昔は大河の周辺で文化が発展しました、その大河を見てその壮大さに驚きます、まず北から松華江、黄河、黄河文明教わりました、それから三国志に関係が深い長江(揚子江)等この目で見れて感激です、万里の長城も是非行って見たい所の一つです(歴史遺産も沢山あると思いますこの機会に行きたい物です)

日本より中国が進んでいると感じるのは、①キャッシュレスこれは便利です、日本は遅れています、②男女平等、女性の社会進出日本も少しづつ変わっては来てますがまだまだです、中国では女性の幹部社員が多いですね、それから女性が強いのにはビックリです、、、、。しっかり者が多い(良い事です)

青島は世界でも住みたい都市の上位にランキングされる都市の一つと聞きます、それを実感します、先ず空気が綺麗です、飛行機から見る海も綺麗ですね、気候も良いですカラットしてます(冬はかなり寒いですが)地下鉄もかなり整備されて来ていて大変便利です、青島に住む日本の知人は中国に住むなら絶対青島だと言います、ここから離れたくないそうです(皆そう言います)。


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人生それから仕事上の大先輩として、皆さんにご提言いただけませんか?


橋川先生:

人生の大先輩として、確かにそうですね、けど実際には皆さんに学ぶことの方がまだ多いように感じます、日本人には無いもの、私には無いものを皆さんお持ちの様に思います。

積極性、貪欲さ、明るさ、日本の若き青年より優れています、特に私の子供たちには見習わせたい事です.

私は皆さんに若さも貰っている様にも感じます、若い人と仕事をすると確かに刺激に成ります、中国で仕事を続けたい理由の一つです。

あえて一つ挙げるとすると(自分の事は棚に上げて)

中国の青年諸君(社長も含めて全員が若者です)、もう少し聞き上手に成って貰ったらもっと素晴らしい人、素晴らしい人生に成るかも知れません。

なるほど中国の人は自分の意見をはっきり言え、自己主張が出来ます(日本人の弱いところです)、良いところです、それに人の意見を聞ける聞き上手に成れたら人として最高ではないでしょうか。



お忙しいところご協力有難うございます!



私たちについて


会社日本、韓国、フランス、中国一流職人さんの指導のもと、客先需要最優先にし最先端技術サービスと商品けます。

中国山東省青島市拠点一貫した現場主義のもと、当社はスタッフの育成目的とした独自管理システムを導入。安定したサービスを継続的にご提供できるまでになりました。


高クラスのベーカリー原材料提供者になるのを集中しながら、核心技術を持つイノベーション企業に成長致します。


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